高分子鎖の拘束が誘起する球状マイクロエマルションのネマチック転移
Polymer-Confinement-Induced Nematic Transition of Microemulsion Droplets
お茶の水女子大学理学部物理学科
中谷香織・今井正幸
1.はじめに
界面活性剤は一分子中に水に馴染みやすい部分(極性基)と馴染みにくい部分(非極性基)を有するため、水と油の混合系においては、 マイクロエマルションと呼ばれる非極性基を油相側に、極性基を水相側に向けた単分子膜を形成する。マイクロエマルションは組成比や温度・ 圧力といった環境条件を変えることで、数ナノメートルから数十ナノメートルのメゾスケールの相関距離を有した球状、層状、あるいは ネットワーク状の構造を示すことが知られている。これらの膜構造は膜の弾性エネルギーが最小になるように決定される。一方、高分子鎖は ひも状の振る舞いをし、その静的構造はセグメント間の相互作用エネルギーと鎖のコンフォメーションのエネルギーのバランスで決定されて いる。膜と高分子といった異なるソフトマターを複合させたとき、これら単独な系では設定され得ない新たなエネルギーのバランス下に 置かれることとなり、そこから新たな秩序の下での構造形成がなされることが期待される。
2.高分子鎖を閉じ込めたマイクロエマルション
マイクロエマルションは、界面活性剤単分子膜を挟んで水と油が熱力学的に安定に共存するユニークな系であり、膜を挟んで溶媒の極性が 異なるため、高分子鎖の物性を選択することで、高分子鎖を膜の任意の場所に閉じ込めることが可能である。これを利用して、我々は、 球状膜の中に高分子鎖を閉じ込めた系に着眼した。具体的には、鎖のコンフォメーションにとって不利な制限された空間に高分子を拘束する ことによって誘起される膜の形状変化を追跡している。孤立した球状膜の中にそれよりも大きい慣性半径を持つ高分子鎖を閉じ込めると、 膜の形状が球から両端にend-capを有する棒に転移することが明らかになった。その際の棒のサイズは直径が約100Å、長さは長いものでサブ μmになり、そのサイズは、仕込みの界面活性剤と分散相の体積比で決定されることも分かった。これは、等方的な膜(球状膜)に等方的な 高分子鎖(糸まり状の鎖)を閉じ込めたとき異方的な膜(棒状膜)に転移するという非常にユニークな現象であり、系の自由エネルギーの 見地から考察すると、界面活性剤分子膜の弾性エネルギーと狭い空間内に拘束されることで失われる高分子鎖のコンフォメーションエネルギーと がバランスすべく、棒状膜相が発現したと予測される。
さらに高分子を内包した棒状マイクロエマルションは、濃厚領域で排除体積効果によりネマチック転移することを初めて見い だした1)(図1)。Onsagerの排除体積効果の理論に従って、棒状マイクロエマルションの濃度がある一定の濃度になったときに 等方相からネマチック相へと転移するものと考えられる。これは、棒状マイクロエマルションがかなり固い構造をとっていることを示している。
3.まとめ
界面活性剤が作るマイクロエマルションに高分子を複合した場合、その複合によってマイクロエマルション構造が受ける影響について 紹介した。複合させる高分子の物性や複合のさせ方、またそのベースになる膜構造等、その無限の組み合わせによって膜+高分子複合系は非常に 多様な構造形成が期待される。特に球状マイクロエマルションに高分子を閉じ込めることで、その膜構造は棒状に転移し、更に高次構造として ネマチック構造が現れることが明らかとなった(図2)。
1) K. Nakaya, M. Imai, S. Komura, T. Kawakatsu and N. Urakami, Europhys. Lett. 71, 494(2005)